仙台高等裁判所 昭和29年(う)749号 判決
検察官の控訴趣意中爆発物取締罰則にいわゆる爆発物の解釈に関する主張について。
(一) 爆発物取締罰則にいわゆる「爆発物」とは、同罰則の立法趣旨に鑑み、理化学上のいわゆる爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品その他の資料が結合せる物であつて、その強烈な爆発作用そのものによつて公共の安全を攪乱し又は人の身体財産に甚大なる傷害損壊を与えるに足る破壊力を有するものをいうと解すべきである。そして、既にその用法と数量の如何により当然かかる爆発を惹起せしめることを得べきものたる以上は、必ずしもその爆発物中に起爆装置の存することは必要でなく、これを他に施されてある起爆装置を利用することにより右の爆発を惹起すべき状態に置くときは、同罰則第一条にいわゆる「爆発物を使用した」ことに外ならないものと解するのが相当である。
本件の場合、被告人の検察官に対する昭和二十九年三月三十一日附供述調書、司法警察員に対する同年三月二十二日附供述調書によると、被告人はNN印猟用無煙火薬約十六瓦をカルイ式四、五馬力軽油発動機のシリンダーの内に入れたもの、即ちそのシリンダヘツド(気筒頭)のプラグ(発火栓)を取外し、そのプラグ挿入口から右火薬をシリンダーの内に入れ、再びプラグをシリンダーヘツドに取付けて置き、以て被告人の兄佐藤一がその発動機を運転する際右火薬が爆発して発動機が爆破し、佐藤一に傷害を与え又は死に至らしめることのあることを認識しながらこれを放置したというのであるところ、検察官の検証調書、昭和二十九年六月十三日施行の原審受命裁判官の検証調書、原審鑑定人佐々木彌三郎同小山侃作成の鑑定書、原審証人坂野祐吉の証言、及び日本油脂株式会社武豊工場長の国家地方警察福島県本部刑事部鑑識課長宛NN印猟用無煙火薬に関する回答を総合すると、NN印猟用無煙火薬は綿火薬八一、〇%、硝酸バリウム一〇、〇%、硝石五、〇%、澱粉二、四%、ヂフエニールアミン一、五%、ビスマークブラウン〇、一%を配合して製造したもので、爆発した場合に発生する瓦斯の種類は炭酸ガス一三、四二%、一酸化炭素三八、七七%、水蒸気二五、三七%、水素一二、五九%、窒素九、八五%、爆発温度は二二一九度で、この火薬一六瓦から発生する瓦斯量は一二、九六立、その爆発した時に生ずる熱量は一一六九六キロカロリーである(ただし、右の内爆発した場合に発生する瓦斯の種類以下の項目は計算値であつて、実際は爆発時の密閉状態によつて異る)。一方、カルイ式四、五馬力軽油発動機のシリンダーは厚さ八耗の鋳鉄製のもので、その容積はピストンが上死点に達した場合は四八六CC、下死点に達した場合は二二〇CC、その発動機を運転すると軽油が噴霧状態になつてシリンダー内に送り込まれそれと空気との混合したガスがピストンによつて圧縮されて高温度になり、それがプラグの尖端で放電によつて生ずる火花により点火されて燃焼爆発を起し、その力によつてピストンが推進されるという装置のものである。そして、この軽油と空気との混合ガスが燃焼爆発するとシリンダー内は二〇〇〇度に近い高温度になり、NN印猟用無煙火薬の発火点は省略二〇〇度であるので、シリンダー内にこの火薬を入れておくと、軽油と空気との混合ガスが燃焼爆発を起した場合瞬時にして右火薬の燃焼爆発が誘発される。そして、この火薬の量が約十六瓦である場合には、軽油の燃焼による圧をも考慮してシリンダー内の最大圧は省略二六〇気圧で、これにその際加わる衝撃力が加味されることを考慮すると、その際の爆発によりシリンダーが爆破されることの可能性が極めて大で、かつその際隣接の場所少くとも二、三米の距離内に居る人は爆破による鋳鉄の破片で殺傷されることが明白であることは、科学的にも十分首肯されるところである。ところで、記録(特に司法警察員の検証調書参照)によると被告人が前記の如く本件カルイ式軽油発動機のシリンダー内に前記火薬十六瓦を入れて置いたものを被告人の兄佐藤一が運転した結果、実際に生じた爆発の結果は、シリンダーの前半は爆破飛散し、ピストンシヤフトは折れて一部残るのみで飛散し、水タンク(ホツパー)も下部の一部が残つたのみで飛散し、その他の部品等も大半飛散して原形を認めず、その発動機の前面約二間四方には爆破による発動機の破片が無数に散在し、発動機の位置を基点としてキヤブレターは五尺の地点に、マフラーは七尺の地点に、水タンクの破片一貫九百匁のものは十七尺の地点に、同上破片五百六十匁のものは二十尺の地点に、同上破片七百匁のものは五十一尺の地点に、同上破片百三十匁のものは百六十尺の地点に、シリンダーの破片でプラグのついたもの一貫九百匁のものは九十五尺の地点にそれぞれ飛散したもので、またその際被告人の兄佐藤一は幸にして原判示の如き軽傷ですんだのであるが、それは偶々前記の各破片の何れも同人に当らなかつたためで若しそれらのものの一つでも当つたならば、同人が死亡し又は重篤な傷害を被つたであろうことは推測に難くないところである(佐藤一は右爆破の際ホツパーの破片の一つが同人の股間を潜つて東南方牛小屋の前まで飛んだと述べているが、若しこれが同人の身体に当つた場合重大な結果を惹起したであろうことは疑いなく、そのことを免れたのはまことに一つの奇蹟といつてもよいのである)。
(二) 叙上の次第であるから、カルイ式四、五馬力軽油発動機のシリンダーの内にNN印猟用無煙火薬約十六瓦を入れておくと、その発動機の運転を開始した場合瞬時にしてその発動機の起爆装置によつて右火薬の爆発が誘発されるものであり、かつその爆発作用は極めて強烈で、その程度は公共の安全を攪乱し又は人の身体財産に対し甚大な傷害損壊を与えるに足るものであることは明かであるから、この場合右の火薬が爆発物取締罰則にいわゆる「爆発物」に該当し、またその火薬を右の如く装置したことは同罰則第一条にいわゆる「爆発物を使用した」ことに該当するものと解するのを正当とする。
原判決は、同罰則にいわゆる爆発物とは前記の如き爆発現象を惹起すべく薬品その他の資料を結合させて製出された物体であつて、それ自体にその爆発現象を惹起するような起爆装置が施されていることを要すると解すべきであるとし、従つて理化学上爆発現象を惹起する火薬を、偶々起爆装置のある他の物体例えば発動機のシリンダー内に挿入し、その起爆装置によつて火薬を破裂せしめるような状態に置き、その物体の右装置に基き火薬を破裂せしめて物体を損壊するに至らしめ、恰も爆発物を破裂せしめた場合と同じような結果を招来したとしても、かような場合は刑法第百十七条所定の激発物破裂罪を構成するは格別、火薬の挿入された一事によつてシリンダーそのもの或は発動機それ自体を一体として観察し、これを爆発性能を保有する一個の物体と目し、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当するものというべきではない旨説明している。しかし、無煙火薬そのものが本来爆発の用途に供せられる目的で前叙の薬品その他の原料を調合して製出されたものであり、かつその用法と数量の如何により前叙の如き強烈な爆発現象を惹起すべき性質を保有するものであるから、右爆発を惹起すべき用法に従つて使用されるもので前叙の程度の強烈な爆発を惹起するに必要な量以上の無煙火薬は火薬それ自体同罰則にいわゆる「爆発物」に該当するものというべく、かかる無煙火薬を、これによつて爆発を惹起せしめる意図の下に、それに十分なだけの量を前叙の如き起爆装置を有する発動機のシリンダー内に入れたことは、かような爆発を惹起すべき性質を有する火薬を右起爆装置を利用することにより爆発を惹起すべき状態に置くことであるから、同罰則第一条にいわゆる「爆発物を使用した」ことに外ならないものというべきで、原判決のいう如くこの火薬とこれを挿入したシリンダー又は発動機全体を一体として爆発性能を有する物体とみるを要せず、なお同罰則第一条所定の目的を以て前記爆発物たる火薬を爆発せしめて財物を損壊し公共の危険を生ぜしめたときは、同罰則第一条の罪と刑法第百十七条の罪との観念的競合を構成するものであつて、そのいずれか一罪のみを構成するものと解すべきではない。ちなみに、弁護人の主張する如く本件発動機は軽油を用いるので、シリンダー内に噴霧状態となつた軽油と空気との混合ガスが導入されて、その湿潤により火薬の爆発性能を減殺する虞がないかということが一応考えられなくもないが、右混合ガスは瞬時にしてピストンにより圧縮されて高温度となり、その瞬間火花放電により点火されて燃焼爆発し、二千度に近い燃焼温度を発生するのであるから、発火点が省略二百度である火薬の爆発性能を減殺することが仮にあつても極めて僅少のものと考えられ、前記火薬をシリンダー内に入れたことにより爆発可能性を有する物件を爆発すべき状態に置いたというに何等妨げないものというべきである。
なお、後段説明の如く被告人は最初から兄一を確定的に殺害する目的でシリンダー内に火薬を入れておいたものとは認められないが兄一が発動機を運転した場合シリンダー内に入れておいた火薬が爆発してシリンダー等が大破し、その破片や爆風によつて兄一に相当な傷害を与え、次第によつては同人が死亡することがあるかも知れないが、それでも構わないとの考えの下に、火薬をシリンダー内に入れてその儘にして置いたものであるから、被告人に爆発物取締罰則第一条にいわゆる爆発物を使用する認識のあつたことは十分これを肯認し得るのである。即ち、後段でも述べる如く、被告人は密猟した時村田銃の散弾を自ら製造して火薬の取扱についての経験と火薬の力と働きについての認識があると共に、自動車学校に通つていて発動機の構造、性能についても知識があり、その発動機のシリンダー内に散弾一発に使用する無煙火薬の七、八倍位と被告人の思つた量約十六瓦を入れたもので、その発動機を運転すれば右火薬に点火し爆発してシリンダーや発動機が破裂することは十分判つていたものであること、被告人は不和の兄一に日頃の恨みのほどを思い知らせるために右の如くシリンダー内に火薬を入れたものであるが、入れてからそれが心配になつて取除こうかとも考えたが、それを取るには半日もかかるであろうし、それを取らないために爆発して兄一が何うなつても、たとえ死ぬようなことがあつても構わないと考え直したので、取り除かずにその儘にしておいたものであること、元来被告人は兄一と相反目し、兄一の不在中その妻と結んだ不倫の関係を断たれてからも未練を残し、一層その反感を増して遂に本件の一個月ほど前に兄一を待伏せ「殺してやる」と言つて所携のパールで欧りかかつて傷害したこと等の各事実が認められるのであつてこれらを併せ徴すれば、本件の爆発が、前叙実際に生じた如くシリンダーはもちろん発動機の部分品の大半を吹飛ばし、一貫九百匁の水タンク破片を十七尺、七百匁の水タンク破片を五十一尺、百三十匁の同破片を百六十尺、一貫九百匁のプラグのついたシリンダー破片を九十五尺の各距離に飛散せしめたという如き強烈なものとは予期しなかつたとしても、発動機を大破し、これを運転操作する兄一に対しその破片で相当な傷害を与え、次第によつては同人が死亡するようなことになるかも知れないとの認識は被告人に十分あつたものといわざるを得ないのであつて、被告人が原審で弁解する如く右爆発は発動機の回転を速める程度に過ぎないと思つただけであるとは到底認むるを得ない。されば、被告人に右火薬をシリンダー内に入れて置くことを以てその爆発により人の身体財産に甚大なる傷害損壊を与えるに足るものとの認識があつたものと認めるに十分であり、従つてまた同罰則第一条所定の目的があつたものといい得るのである。
以上の次第で、原判決は爆発物取締罰則にいわゆる爆発物の解釈適用を誤つたものであり、そして被告人に爆発物を使用する認識のあつたこと右の如くである以上、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は必ずしも右とその趣旨を同じくするものではないが、原判決が同罰則にいわゆる爆発物の解釈適用を誤つたために破棄を免れない点において結局理由あるに帰する。
同控訴趣意中被告人の殺意に関する主張について。
原判決の判文は後段職権で説明する如く傷害罪の判示として不備ではあるが、傷害の事実を認めた趣旨であつて殺意を認めていないことは明かである。しかし、被告人の司法警察員に対する昭和二十九年三月二十三日附供述調書には、取調警察官(警部吉田栄)が押収にかかる発動機の爆破した破片(証第一号乃至第八号)を示すと被告人は呼吸の正常を稍々失い「すみません、これほど壊れるとは考えませんでした、兄貴は何うしましたか」と答えた旨の供述記載があり、右は被告人の供述や態度をそのまま表現したものと認むるに十分であるが、右取調べをした司法警察員がその前日取調べて同様被告人の供述をそのまま表現したものとみられる同年同月二十二日附供述調書では、被告人は「……(省略)……それから火薬の一とつかみはこれを発動機の中に入れて兄貴をやつつけてやると考え……(中略)……このように火薬を発動機の中に入れたりしたが、発動機の運転できるのは私と兄の一であり、父は全然出来ないから、この火薬の込めた発動機を動かすのは兄の一だけであり、必ず発動機を動かせば火薬は爆発し、この爆発のために軽ければ発動機が壊れたり、籾すり機か精米機が壊れる程度ですむが、爆発が大きければ兄の一は怪我し又は吹飛ばされて死ぬかも知れないということは一応考えたのであるが、火薬が少いからまさか死亡するようなこともあるまいが、何れにしろ兄の一等はどうなつても構わないというところから、この火薬を込め秘密にして居つたのである……(中略)……このように火薬を発動機に入れたが、部屋に戻つて暫く入れた火薬が心配になつて取り除くかなと考えたが、取るにも厄介だし、又取るには半日もかかると思つたし、なお取らない為に爆発して兄貴がどうなつても構わないとも考え直したので、その儘にしておいた……(中略)……それも近く何処かに私も行つてしもうという考えでもあり、家族に秘密にして着物類や日用品をトランクやボストンバツグに詰めて居つたので、後は知らないという気持からその儘にしてしまつたのである……(中略)……火薬という物は危いものであることは判つていたのであるが、前述のとおり後は知ちやいないという考えと兄がどうなつても構わないというところからやつてしまつたのである、このことは今になつて後悔している、火薬の爆発であるから、悪くすれば兄は死ぬことが予想されるところであつたが、話をぎくと兄は命には別状なく、しかも怪我も軽いそうであるので安心した」旨供述しており、それは真実を吐露したものと首肯し得るのである。これによれば、その際の被告人の心境は、火薬の量が少いからまさか死ぬようなことはあるまいとも思つたが、これによつて兄一が死ぬかも知れないということは十分気づいていたのであつて、いずれにしろ兄一がどうなつても、即ち同人が負傷し次第によつては死ぬようなことがあつても構わないとの考えの下に火薬をシリンダーの中に入れてその儘にして置いた事実は否定できないところである。
被告人の検察官に対する供述調書では、「……シリンダーの中に入れた火薬が爆発すれば発動機が破裂して、場合によつては兄がその破片で死んでしもうかも知れないと予想されたが、どうせ兄のために家庭がごたごたできたのだから、兄の体に怪我を加える以上そのために死亡するという結果があつても構わないというやけくそな気が起きた」旨(同年四月一日附)、「……その爆発力が余り大きいためにその力に対しシリンダーが支えきれずに機械が破裂して、その破片のためにその機械を操作する兄貴が怪我したり或は場合によつてはその破片の当り所が悪くて命までなくしてしもうのではないかと考えた……(中略)……元々そういう仕掛けをしたのは日頃の兄に対する鬱憤をはらすためにやつたことであるので、たとえ兄貴が破片又は爆風によつて怪我したり又は命をなくしても自分の知つたことではないというように考えて遂に分解掃除をすることをやめて素知らぬ振りをしていた」旨(同年同月八日附)の各供述記載があり、その表現が司法警察員に対する供述調書のそれよりやや強いものがあるけれども、必ずしも被告人の真意を離れたものとはなし難い。
そして、被告人の右未必的殺意に関する自白の真実であると認められることは、次の事実によつても裏付けられるのである。即ち、被告人の司法警察員に対する同年三月二十三日附供述調書、検察官に対する同年四月一日附、七日附、八日附各供述調書によれば、被告人は村田銃で密猟し、その散弾は自ら無煙火薬等を使つて製造し火薬の取扱については経験があり、火薬の力と働きをよく承知していると共に、自動車学校に通つていて発動機の構造や性能についても知識があり、その発動機のシリンダーの中に散弾一発に使用する無煙火薬の約七、八倍位と被告人の思つた量を入れたもので、その発動機を兄一が運転すればシリンダー内に入れた火薬が点火され爆発してシリンダーや発動機が破裂することは十分判つていたこと、被告人の司法警察員に対する同年二月二日附供述調書、原審証人佐藤一の証言によれば、被告人は元来被害者たる兄一と気性が合わず昭和二十七年八月頃硫黄島の出稼から帰宅後は益々相反目するに至り、昭和二十八年八月頃から同年暮頃まで兄一の不在中同人の妻リンと不倫の関係を結んだが、昭和二十九年一月頃兄一に右の関係を聞知されてリンとの関係を断つたもののなお未練を残し、見に対する反感は日増しに募つて遂に同年二月初頃本件の一個月ほど前に当時接骨院に通院治療していた兄を山道に待伏せ、「殺してやる」と言つて用意してきたパールで殴りかかつて争闘となつたが、兄一が力があつて強いため同人に頭部等に打撲傷等を与えたに止まつたことが各認められ、右事実に徴しても被告人の未必的殺意に関する前記自白が真実であることを首肯し得るのである。
成程、本件は発動機の前記容積のシリンダー内に約十六瓦の無煙火薬を入れたという殆んど類例を見ない特殊のものであり、その爆発力の程度は専門家でなければ予め正確には判らないとみるべきであること、その爆発により前叙現実に起つた程まで強烈な結果を発生せしめることは被告人においてこれを予想し得たものとは認められないこと、被告人は所持していた無煙火薬の全部を使用したのではなく、その約三分の二程度を使用して約三分の一は空気中で爆発するか試験するため残したこと(被告人の検察官に対する同年四月一日附供述調書)、被告人は火薬を右の如くシリンダー内に装置した後家出したのであるが、特に高飛びするとか身を隠くすとかいうこともせず、程遠からぬ岳温泉に赴き旅館に滞在していたこと、これらのことは認められるけれども、右は被告人が最初から兄一を確定的に殺害する目的を以てシリンダー内に火薬を入れたことの反証とはなり得るが、被告人に前叙未必的殺意のあつたことを認定する妨げとなるものではない。
以上の次第であるから、被告人に未必的殺意を認めなかつた原判決は、畢竟、証拠に関する価値判断を誤り事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
(三) 次に、職権を以て調査するに、原判決は「……(省略)……激発物たる右無煙火薬を使用し、後日実兄一が該発動機を運転操作したときは直ちに火薬が破裂するように仕掛け、その破裂により運転操作する発動機に障害を与えて日頃の鬱憤をはらそうと考え……(中略)……同無煙火薬約十六瓦を右発動機のシリンダー内に差入れ……(中略)……実兄一がその発動機を運転操作したところ、シリンダー内の火薬が破裂し、よつて右発動機を損壊するに至らしめ、その際実兄一に対し治療五日間を要する左手関節部鉄粉破片創及び両眼結膜炎の傷害を与えて、公共の危険を生ぜしめたものである」と判示し、これに対し刑法第百十七条の激発物破裂罪と同法第二百四条の傷害罪を以て問擬している。しかし、その判文自体では、右実兄一に与えた傷害は故意によるものか過失によるものか不明であつて、傷害罪の判示としては理由不備といわねばならないから、原判決はこの点においても破棄を免れない。
そこで、検察官の量刑不当の控訴趣意に対する判断は後記自判の際示されるのでここにこれを省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第三百八十二条第三百七十八条第四号により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人は肩書住居において実父政一の農業の手伝いなどしていたものであるが、少時から実兄一(当二十九年)と気性が合わず、昭和二十七年八月頃出稼ぎ先の硫黄島より帰宅後は些細な感情のもつれから益々反目していた。ところが昭和二十八年八月頃実兄一の不在中ふとした機会に同人の妻リンと不倫の関係を結ぶようになり爾来数個月の間かような関係を続けていたやさき、昭和二十九年一月末頃実兄一に右の関係を聞知されてからは同人に対する感情が更に悪化し、一方リンとの関係を断つたもののなお未練を残し、悶々として日を過しているうち実兄一に対する反感は日増しに募り、同年二月初頃当時接骨院に通院治療していた実兄一を山道に待伏せ、「殺してやる」と言つて所携のパールで殴りかかり互に取組合いの喧嘩をしたので、一層家庭内は紛争の絶え間がなかつた。そのため被告人は苦慮懊悩の末、むしろ自ら他に職を求めて家族の許を離れるに如かずと考え、身辺の整理をなしつつ出稼ぎの用意を整えていた際、偶々かつて自己が狩猟に使用した残りのNN印猟用無煙火薬を発見するや、自宅にある父政一所有の鋳鉄製カルイ式四、五馬力軽油発動機は自己及び実兄一のみが運転操作し得ることを思いつき、かつ自己が自動車学校に通学したことがあるため内燃機関の構造等を熟知しているのを幸い、前記無煙火薬を右発動機のシリンダー内に挿入しておき、後日実兄一が該発動機を運転操作したときは直ちに右火薬が爆発して発動機のシリンダー等が破裂するように仕掛けその爆破により発動機を甚しく損壊するとともに、該発動機を運転操作する実兄一に相当な傷害を与えて日頃の怨みのほどを思い知らせようと決意し、次第によつてはそのために実兄一が死ぬことがあるかも知れないが、それでも構わないとの考えの下に、同年三月十九日午後三時頃肩書住居において、右目的を以て、モンキースパナで折柄納屋軒下に置いてあつた右発動機のシリンダーヘツド(気筒頭)からプラグ(発火栓)を取りはずし、そのプラグ挿入口から前記無煙火薬のうち約十六瓦を右発動機のシリンダー内に差入れ、再びそのシリンダーヘツドにプラグを取りつけ、以て該発動機を運転操作すれば瞬時にして右爆発物たる無煙火薬が爆発すべき状態に置いたため、同月二十一日午後五時頃実兄一がその発動機を運転操作するや、瞬時にしてシリンダー内の右爆発物たる火薬が爆発し、因つて右発動機のシリンダーヘツド、シリンダー、ホツパー等を破裂飛散させて発動機の大半を損壊するに至らしめ、その際その微破片及び爆圧により実兄一に対し治療五日間を要する左手関節部鉄粉破片創及び両眼結膜炎の傷害を与えたが、奇蹟的にもその小破片の一つすら同人に当らなかつたため、同人を殺害するに至らなかつたものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人の判示所為中、爆発物を使用した点は爆発物取締罰則第一条に、殺人未遂の点は刑法第二百三条第百九十九条に該当し、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により重い爆発物取締罰則の罪の刑に従い、所定刑中有期懲役刑を選択処断すべきところ、幸にして人を死に致すこともなくしてすんだこと、今や被害者たる被告人の兄一も被告人を宥恕し、父母その他の者と共に減刑を歎願していること等情状憫諒すべきものがあるので、刑法第六十六条第六十八条第三号により酌量減軽を施し、その刑期範囲内で、被告人を懲役五年に処し、同法第二十一条により原審における未決勾留日数中百五十日を右本刑に算入することとし、なお原審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 細野幸雄 裁判官 有路不二男)